ちょっと変わったところからの地図
この地図は他とは少し違うところから引用しています。 普通の地図ではなくある論文からの引用です。 この論文は、Sriracha地区の植物の状況について調査されたものですが、この鉄道についても記述があります。 この植物の調査は鉄道に沿って実施されたようですが、この時点ですでに主だった線路は未舗装道路になっていたようです。 。 植物の植生を示す図の中に線路が描かれており、Nong Kho分岐付近が示さ…
タイのシラチャの街の中には小さな蒸気機関車が置かれています。 かつて存在した森林鉄道で使われていたものです。 その鉄道の盛衰と、シラチャの街について少し調べてみました。
この地図は他とは少し違うところから引用しています。 普通の地図ではなくある論文からの引用です。 この論文は、Sriracha地区の植物の状況について調査されたものですが、この鉄道についても記述があります。 この植物の調査は鉄道に沿って実施されたようですが、この時点ですでに主だった線路は未舗装道路になっていたようです。 。 植物の植生を示す図の中に線路が描かれており、Nong Kho分岐付近が示さ…
(作成中) 駅のあった場所についてです 7つの駅が存在しました。 Konruksrirachaが発行した Konruksriracha Calender 2019の情報などを元に、現在の地名から推測しています。 (Sriracha駅のみほぼ場所は特定しています) 駅名とその由来等は以下のとおり。 (1) Sriracha Station 製材所の裏、約50mほどのところ。(筆者注: 写真の2本並んだ煙突の位置と大きな木の位置、および線路の位置関係から推定すると、Sukumwit通りに近い位置と思…
”地図でたどる線路の変遷” で調べたことからわかったことなど <地図に関して> 今回色々と調べて行く中でiさまざまな地図や航空写真を探し出して、線路が引かれていたところの変遷を辿っていきました。 結局のところ、地図を古いものから新しいものへと辿っていくだけでは、線路がどのように延伸されていったのかわかりませんでした。 年代を追って地図を追っていけば、線路の延伸の経緯がわかると考えたのですが、だめでした。 その原因のひとつは地図のアップデートが期待したほど頻繁でなく、タイムリーに実際を反映した…
この地図はちょっと悩ましい。 1968年の編纂された地図に、1984年に航空関連の情報を加えて改定されたもの。 線路は、Nong Kho分岐の先で本線+東支線と北東支線の2つの路線に分断されています。 素直に解釈(推定)すれば、本線+東支線は、細々と続けられていた木材輸送等に使われ、東北支線のほうはChonburi Sugar Millのサトウキビ運搬に使われていたということかと思われます。 地図が編纂された1968年の少し前の時期には、こういった状況に線路は置かれていたのかもしれません。 た…
Bar kley & Andrew 製のSRJ No5.と思われる写真が見つかりました。 Srimaharacha Companyに来る前の、ボルネオのLabuan島の炭鉱で使われていた頃の写真(絵葉書)と思われます。 はっきりとはNo.5とはわからないのですが、以下のような理由から、おそらくSRJ No.5であると考えています。 SRJ No.5は1904年頃から1911年頃まで、Labuan等の炭鉱で使われていた(1915年ころまでLabuan等に置かれていたらしい) @@ソース La…
SRJ No.12 PattayaのJomtianビーチ付近に置かれていたSRJ No.12. リサイクルセンターで撮影されたもの。 撮影時期は不明ですが、ペイントが綺麗な状態です。 2012年までにRayongの博物館に売却されたとも。 その後の消息は不明。 2008年頃博物館から消えたという別の情報もあり、保管されていた経緯についても不明点が多い Quoted from Michael Pass info.
Pattayaの博物館に保管されていたNo. 12の写真(と思われます) 2008年に撮影されたもの(Wikimediaより引用) 撮影場所がPattayaのJomtian であり、No.12が展示されていた陸軍の博物館の場所と同じと考えられます。 2012年以降、所在不明。 同じ時期?と思われる写真が見つかっています。著作権の関係があるので、OKがでたら紹介したいと思います。 https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Steam_locomotive_…