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ラブアン島(マレーシア・ボルネオ島)の炭鉱鉄道について(SRJ No.5,8,9)

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SRJ No.5,8 9の3台の機関車がタイに来る前  これらの3台の機関車は、タイに来る前にはマレーシア・ボルネオ島のすぐそばにあるLabuan島の炭鉱と積出港を結ぶ鉄道で使われていました。 その鉄道と背景について記します。 ラブアン島は現在ボルネオ島(カリマンタン島)のマレーシア領にあるそばにある小さな島です。 11世紀ごろから洋上交易の拠点として栄え、19世紀になるとオランダ、イギリスなどの洋上交易の拠点としても栄えていました。 1846年に当時ボルネオ島を支配していたブルネイからイギリスに割譲され、イギリスの直轄植民地がおかれることになりました(1948年) 海運における船舶の停泊、あるいは商業上のメリットがあると考えられたこともあり、港が整備されました(Victoria 港)。 Lab…

Srimaharacha Companyを舞台にした小説   "รางเหล็กในป่าลึก"

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Srimaharacha Companyをまさに舞台にした小説があります。 タイトルを日本語にすると、”深い森の中の線路” といったところです。 この本の紹介情報によると、 東部の深い森林地帯に木材を運ぶ線路を建設する歴史を題材とした小説のようです。 小説ですので必ずしも本当のことばかりが描かれているわけではないと思いますが、 当時の状況の理解を助ける内容が描かれていると思います。 タイ語で書かれており、内容をすべて把握するところまではいっていませんが、いずれ読破します ちなみにこの本はタイ滞在時に見かけていましたが、当時はタイ語の書籍ということで…

シラチャを含むタイ東部地域の経済発展と社会背景(第2次大戦後)

WW2戦後の社会背景 ここでは、第2次大戦(WW2)以後のシラチャの発展とSrimaharacha Companyの置かれた状況に密接に関連する、タイの社会背景、経済の発展について記します。 WW2戦後の状況(冷戦とアメリカ軍) 戦後、米ソの冷戦状態に入り、米国を中心とした資本主義勢力は社会主義勢力の東南アジアへの拡大を抑えるとともに、資本主義経済の回復を目指すようになりました。この動きの中で米国はタイの政府の政策に影響を与え続け、タイはそれに沿った形で政策をすすめていきました。 ベトナム戦争がはじまると、タイも資本主義陣営の一員として参戦することになり、同時に米国の7つの軍事基地がタイ国内におかれました。 Rayongにあるウタパオ空港には空軍の基地建設のための設備が搬入され、1958年4月にはDon Mueang空港を基地として最初の米軍の部隊がおかれました。 タイ経済の発展 WW2大戦後、タイは世界銀行の指導の下で社会経済の発展を目指しました。 第1次経済開発計画 世界銀行の提案に基づいて…