この鉄道のことを調べ始めた頃でしたが、シラチャ周辺の地図を眺めると道路の形(線形)が線路の形じゃないかと思える部分がありました。緩やかなカーブで直線と直線をつないだようなそんな感じの形です。
その後、予想通り線路のあったところが道路になったということがわかるのですが、現在でもその道路の名前に線路であった”名残り”が残っています。
- 道路の線形と名称
- 1. Assumption大学 ー Nong kho 貯水池 までの間の道路
- 2. Khlong yai /Ban Bueng地区 (北東線の東端あたり)
赤点線(矢印)のところが 旧汽車通り(Rot Fai Kao) |
1. Assumption大学 ー Nong kho 貯水池 までの間の道路
鉄道がいち早く敷かれたAssumtion大学からNong Kho貯水池までに間の道路は、地元のタイ人に ถนน รถไฟเก่า(Thanon Rot Fai kao) と呼ばれています。
Thanon というのは“道”、Rot fai というのは “機関車”という意味で、Kaoというのは”古い”という意味です。つまりこの道路は“旧汽車通り”いうように呼ばれているということです。この道路はGoogle mapなど地図上では Assumption Fai Kao Rd. とか Nong Yai Bu Rdと表記されていますので、こちらが正式な名前ということでしょう。 (地図によって表記が異なるので、何が”正式な名前”なのか不明です)
この道路沿いには Assumption大学があります。その古い写真には線路が写っているものもあります。
**** 写真引用
比較的シラチャの中心街から近いこの道路は、線路があった頃からその脇に道路が走っていたようです。 Assumption大学の学生はこの道を通って通学していたとのこと。雨が降るとぬかるんで大変だったとか。写真はすでに線路が撤去された後のもののようです。
*写真 Assumption College の古い写真
2. Khlong yai /Ban Bueng地区 (北東線の東端あたり)
北東線の東端の地域の道路にも Rot Fai Kao という名前が見つかります。
現在、この道路の近辺にはChonburi Sugar の工場があります。森林伐採が衰退していった末期(1960年代)にも、この鉄道は」サトウキビを運ぶ鉄道として存続していたようですので、”線路通り“という名前が残ったのではないでしょうか。
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